「パブリッククラウドサービスに既存システムをそのまま移行してコストが大きく下がるのは、オンプレミス(自社所有)環境のインフラに無駄があるケース。コスト削減に努めてきたなら、クラウド移行の目的には含めないほうがいい」。
Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureなどのクラウドの導入支援を行うコンサルタントから聞いた言葉だ。1人ではない。過去に取材した複数のコンサルタントに、そう指摘された。
クラウド移行でコスト削減を期待するユーザー企業は多いだろう。しかし実際には、クラウドを導入したユーザー企業の多くはコスト削減を目的としていない。総務省が2015年末に実施した「通信利用動向調査」では、クラウドサービスを利用している理由として「既存システムよりもコストが安いから」を挙げた割合は22.7%で全体の7位にとどまる。1位の「資産、保守体制を社内に持つ必要がないから」(42.3%)の約半分だ。
世界シェア1位と2位のクラウドサービスAWSとAzureでは、コスト削減を狙って移行するケースはさらに少ないように思う。AWS・Azureの専門誌「日経クラウドファースト」でこれまでに取り上げた事例を読み返すと、インフラとしてクラウドを導入したユーザー企業で、コスト削減を主な目的とするケースは数えるほど。スケーラビリティーの向上、システム構築の迅速化、AI(人工知能)やマイクロサービスなど新技術の活用、BCP(事業継続計画)、IT資産のオフバランス化(費用として計上し貸借対照表から外すこと)といったコスト削減以外の目的を掲げるほうが多い。
そもそも、クラウドがオンプレミス環境に対して圧倒的に安いのは初期コストだけ。ランニングコストも合わせて考えると、サービスによって安いものもあれば高いものもある。しかも、想定外のコストが発生することも珍しくない。クラウドを使うことでかえって高く付くこともある。
このためクラウドを使う際には、コスト削減を目的としているかどうかにかかわらず、コストを強く意識して削減する工夫を講じるべきだ。工夫次第でコストを下げられるのもクラウドである。その例をいくつか紹介しよう。
データの前処理で機械学習のコストを半減
竹中工務店は、独自開発した電力消費量予測システムで発生するAzureの利用料を半減させた。この予測システムは、同社独自のビル管理システムの一機能。各ビルから取得した室温や照度などのセンサー情報を基に、電力消費量を30分刻みで予測する。30分ごとの電力消費量を予測値の±3%以内に収めることで、電力会社から割り引きを受けるためのものだ。
予測エンジンとしてAzure Machine Learning(ML)という機械学習サービスを使っており、従来は1回の予測ごとに2万円近くのコストが掛かった。高額になったのは、Azure MLに大量のデータを送り込んでいたためだ。そこで、データソースとAzure MLの間に、リレーショナルデータベースサービスのAzure SQL Databaseを設置し、データの抽出・正規化・統合といった前処理を実施。Azure MLに送り込むデータ量を減らすことで、新たに設けたSQL Databaseの利用料も含めて、1回の予測のコストを1万円ほどに削減した。
機械学習は、クラウドサービスを使うと手軽な半面、実はオンプレミスより割高になる代表格。機械学習による業務自動化を推進するグルメ情報サイトのRettyは、GPU(グラフィックス処理プロセッサ)ボードを使った独自の機械学習専用インフラを本社オフィスに構築した。掛かったコストは約50万円。これは、AWSやAzureを使って同規模のインフラを運用した場合の1カ月のコストに過ぎないという。
100台超える仮想マシンの種類・サイズを年次で全て見直し
積水化学工業は独自グループウエアやメールなどのインフラとしてAWSを活用している。このうちメールのシステムでは、インデックス(索引)の格納にNoSQLデータベースサービスのAmazon DynamoDBを採用。そのコスト削減が課題となり、半額以上の割り引きが受けられるリザーブドキャパシティーという料金プランを使うことにした。
リザーブドキャパシティーは安い半面、スループット(1秒当たりの書き込み/読み込み件数やサイズ)が年単位で固定される。スループットの上限を増やすことはできるが、その分は標準料金となり割高だ。
指定スループットを超えるアクセスが発生すると、DynamoDBでエラーが生じる。そのため割安なリザーブドキャパシティーの料金で済ませるには、指定スループット内に収まるように、DynamoDBへのアクセスを制御しなければならない。そこで、独自の流量制御ツールを構築。仮想マシン上で稼働させてメールシステムのジョブを管理し、実行順を制御してDynamoDBへのアクセス集中を防ぐようにした。
同社はもう一つ、重要なコスト削減の取り組みをしている。それは、100台を超える仮想マシンの種類・サイズの定期的な見直しだ。1年契約の割安料金プランにしたうえで、年に1回、2週間ほどを掛けて、全ての仮想マシンの種類・サイズを変更する。
AWSでは1年も経つと、仮想マシンの新しい種類・サイズが追加されている。そのため、たとえ各仮想マシンの負荷に変化がなかったとしても、最適な種類やサイズは変わる。
クラウドでコストを削減するには、こうした定期的な見直しが不可欠だ。オンプレミス環境ではハードウエアの保守切れなどが、構成を見直すきっかけになる。しかしクラウドでは基本的に従来のサービスが廃止されることはないし、1年を通して新サービスが随時登場するので、これといったきっかけが存在しない。そのため、当初の構成のまま“塩漬け”となり、割高な料金が発生し続けることになりかねない。クラウドを使ううえで、定期的な見直しは不可欠。運用保守業務に組み込んで、必ず実行するようにしたい。
日経クラウドファースト編集長 中山秀夫氏
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