深圳、秀逸人材集う街に シリコンバレー並み

「中国のシリコンバレー」と呼ばれる南部の町、広東省深圳市。ネットサービス大手の騰訊控股(テンセント)や華為技術(ファーウェイ)など中国を代表する民間企業が本社を構えるだけでなく、多くのスタートアップ企業が競い合い、街は急速に変貌しつつある。中国全土から優秀な人材が集まり、20代の若者の姿が目立つ。なぜ深圳は優秀な若者を惹きつけ、急速な発展を遂げているのだろうか。

■テンセント社員 平均年齢29歳、「40代ほぼいない」
「テンセントには現在3万~4万人もの社員がいるが、40代はほぼいない。変化についていけないなどの理由で、自然と会社を去る。社員の平均年齢は29歳。ただ、年収は60万元(約1000万円)を超える人が珍しくありません」
8月後半、時価総額が40兆円を大きく超え、飛ぶ鳥を落とす勢いのIT企業、テンセントの本社近く。1人の若者が匿名を条件に社内事情を明かしてくれた。
潘大栄さん(仮名)、現在29歳だ。Tシャツに短パン、ビーチサンダルの軽装が印象的で、出勤時もそんな格好だという。現在はテンセントでも花形のゲーム部門に所属。地元の広東省出身で、中国の大学には行かず、留学経験を経て3年前の26歳の時、同社に入社した。
スマートフォン(スマホ)向け交流サイト(SNS)の「微信(ウィーチャット)」やゲームが主力事業で、業績を急拡大している人気のテンセントだけに入社は困難だが、「大好きだった」ゲームを仕事にしようと4回の厳しい面接を経て入社を果たした。

会社に入ってまず驚いたのは、社員がほぼ20代の若者で占められる会社ながら破格の待遇だったこと。途中入社の潘さんには何の実績もないが、最初の基本月給は1万3000元(約22万円)で、中国の同世代の平均給料の3倍だった。
さらに驚いたのが昇給スピード。「昇給は春と秋の年2回あり、A~Dの4段階で厳しく評価はされるが、よほどの事がない限り昇給ペースは速い」のが特徴だ。実際、潘さんも基本月給が直近で2万5000元と、3年間でほぼ2倍になった。
賞与の多さも際立つ。「年間少なくとも6カ月が支給され、売れ行きなどに応じて最大24カ月まで支給される」という。潘さんも今年の春節(旧正月)前に、10カ月分(400万円強)のボーナスを一括で手にした。
それだけではない。ストックオプション(株式購入権)をもらえたり、「特別ボーナス」といわれるものまである。これは所属するチーム部門が優秀な成果を収めれば、チームに対して高額報酬が支給される仕組み。200人ほどからなるチーム部門を対象に、総額1億~2億元(約17億~33億円)の報酬が一気に支給されるイメージだ。
最近では今年3月、大ヒットしたスマホ向けゲームの担当チームに「2億元近い特別ボーナスが支給された」という。昨年11月には、会社創立18周年を記念して社員全員に300株(約140万円相当)の自社株が配られるなど、「常に社員のやる気を引き出すような報酬の制度になっている」と潘さんは話す。

■破格の待遇 年間報酬は1人平均1300万円
実際、テンセントの公表資料によると1人当たりの年間報酬は単純計算で平均79万元(約1300万円)になる。中国の物価水準で、しかも平均年齢が29歳なら待遇はやはり破格だ。
福利厚生も充実している。3年以上の勤務が条件だが、住宅購入時に会社が50万元を無利子で融資する。潘さんも20代ながら、すでに深圳市内で約7000万円の新築マンションを手に入れた。
残業をする人にも手厚い。夜8時以降には「夜食券」が配られ、社内のレストランでの食事が無料となる。夜10時以降になると全員に「タクシー券」が配られるというから、至れり尽くせりだ。

潘さんは言う。「社内で上下関係を気にしたことは一切ない。仕事に集中する環境が整っている。チームに対してもボーナスが出るから、社員同士で足を引っ張り合う事もない。商品が売れれば給料も一気に上がる分かりやすい仕組みがあるから、やる気も出る」。そしてこう付け加えた。「私も若いうちにお金を稼いで、45歳までにはリタイヤしたい。あとは田舎に戻って小さな店でも開き、のんびり暮らそうかなと。それが今の夢ですね」

そんなテンセントを今春辞め、スタートアップ企業に転職した若手女性にも会うことができた。名前は李雪蓮さん(=仮名)、30歳だ。なぜ、テンセントを辞めたのだろうか。
李さんは「テンセントのような大きな会社ではなく、深圳のスタートアップ企業で専門性を磨き、もっと刺激を受けたかった」と話す。テンセント時代にはやはり、20代で年収は1000万円を超えたが、「現在の金融系のスタートアップ企業から、さらに高額を提示されたのも転職の決め手になった」。
だが、それだけではなかった。「テンセントは以前より優秀な人材が多く集まるようになり、ハーバード大、スタンフォード大、マサチューセッツ工科大(MIT)出身の中国人社員が増えた」という。李さんも北京の難関大学出身だが、それでも高いポストに就ける確率が限られると感じたという。とはいえ、テンセントのような優良企業からスタートアップ企業に転職する事に不安はなかったのか。

■スタートアップ 新技術開発よりも成功報酬の制度設計に力点
李さんはこう指摘する。「深圳のスタートアップ企業の多くは、新技術の開発より、まず考えるのが成功報酬の制度設計。どうやったら社員のやる気を最大限引き出せるかに知恵を絞る。だから優秀な若者が次々と深圳にひきつけられるのです」
李さん自身もそうだった。「テンセントよりも、すぐにより良いポストを与えてくれるスタートアップ企業が魅力的に映った。会社は新規株式公開(IPO)も予定し、入社後に多くの株を渡すと約束してくれた」と本音を明かす。

深圳のベンチャー企業の先駆けとして1998年に創業したテンセント。わずか20年で時価総額が40兆円を大きく突破した。2004年の上場時と比べると450倍だ。その間、トヨタ自動車や韓国サムスン電子、米エクソンモービル、米ウォルマートなど世界の大手を次々と抜き、時価総額で世界8位の企業に躍進した。株価は年初から8割近く上昇。この勢いが続けば、世界のトップに躍り出るのも時間の問題とさえいわれている。

今は転職先のスタートアップ企業で幹部職にある李さんはこう話す。「報酬など明確な形で個人の価値を最大化できない会社は、結局は技術でも乗り遅れ、会社の価値も最大化できない。だから深圳のスタートアップも、そこを真剣に考え、テンセントを見習い、成長しているのです」
深圳のスタートアップ企業については、新しい技術ばかりに注目が集まりがちだ。だが、多くの日本の大手企業も悩む「人材の生かし方」について、若い企業ながらも真正面から向き合い、制度設計に工夫を凝らす――。そんな姿勢にこそ成長の秘密があるのかもしれない。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO20544440Q7A830C1000000/
2017/9/1 2:00 日本経済新聞 電子版 中国 広州支局 中村裕氏