参考記事:地方のパン屋が“AIレジ”で超絶進化 足かけ10年、たった20人の開発会社の苦労の物語

「すごすぎる」――地方のパン屋が“AIレジ”で超絶進化 足かけ10年、たった20人の開発会社の苦労の物語
焼きたての手づくりパンをレジに持っていくと、画像認識で瞬時に会計……そんな“AIレジ”が地方のパン屋にじわりと浸透している。その裏側にはシステム開発会社の苦闘の歴史があった。
[本宮学,ITmedia] http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1705/15/news081.html

地方の手づくりパン屋でいま、静かな革命が起きつつある。
そこはとある道の駅。焼きたてのパンをいくつかレジに持っていくと、専用マシンが自動で画像認識し、一瞬で料金を計算、表示する。その間わずか1秒ほど。今年4月に来店客がこの様子をTwitterで紹介すると、驚きの声が殺到した。

“道の駅にあったパン屋さんが想像をはるかに超えてハイテクで、画像認識でお会計だった”
“スゲー。これが今の日本の技術か……”
“世間はここまで進歩していたのか”

開発したのは、兵庫県西脇市に本社を置くシステム開発会社・ブレイン。創業35年、いまも社員20人のうち約16人がエンジニアという、生粋の技術者集団だ。

約10年前にゼロから開発スタート

マシンの名前は「BakeryScan」(ベーカリースキャン)。「お店に提供を始めたのは今から4年ほど前。最近になって突然『ネットですごい反響がある』と人に言われて驚いた」――ブレインの原進之介執行役員はこう話す。
BakeryScanの開発が始まったのは2008年にさかのぼる。きっかけは、地元・兵庫県のパン店社長から相談を受けたことだった。
「人が足りなくて困っている。経験の浅い外国人スタッフでもレジ打ちや接客ができるようなシステムを作ってほしい」――。
だが、同社のパンに関する専門知識はゼロ。そこから待ち受けていたのは、約6年にわたる研究開発の日々だった。

「パンは全部形が違う」 想像よりも高いハードル

包装されていない焼きたての手づくりパンには、バーコードやRFIDを付けられない。自動で分類するには見た目などから特徴を読み取るしかないが、「画像認識については未経験だった」(原さん)。
そこで同社は、画像認識処理のノウハウを持つ兵庫県立大学の研究室と共同研究をスタート。しかし現実は菓子パンのように甘くはなかった。
「開発を始めてすぐ、いくつものハードルにぶち当たった。1つ目は、同じような見た目のパンでも別の種類のことがあること。そしてもう1つは、パンごとに個体差があることです。焼き加減もまちまちだし、同じ種類のパンでも形が微妙に違う。人が作るパンは毎回ちょっとずつ変わるので、いかに認識精度を高めるかが課題だった」
最初に考えたのは、「お手本データ」をいくつも登録して網羅性の高いマスターデータを作り、会計時にパンと照合する仕組みだ。だが、採用には至らなかった。「お手本データを覚えさせるのに時間がかかるし、データが増えると会計時の読み取りもどんどん遅くなってしまう」からだ。
そこで注目したのが、パンの種類ごとに独特の「特徴量」を見出し、スコア化するという手法だ。
例えば、ハムの乗り具合やチーズの焼き加減など、あるパンならではの特徴を覚えさせていく。事前準備は1種類のパンにつき5~6個サンプリングするだけでよく、初期学習は2分ほどで完了。その後、読み込ませれば読み込ませるほど機械学習によって精度が高まっていく。
「やっていることはディープラーニングと似ているが、どの特徴を使うかを前もって定義しているので、それよりも動作が軽い。BakeryScanと同じことをディープラーニングで試したところ、パンの識別精度はだいたい同程度までいったが、1つのパンを登録するまでに、かなりのハイスペックPCを使っても一晩かかる。BakeryScanはあえてシンプルな仕組み。朝一番で新商品が出ても、2分ほどあればアルバイトの店員さんが初期学習を行える」
そして、もう1つの課題だった「店の照明や天候ごとに光の状況が異なり、正しくパンの輪郭(領域)を抽出できないこと」には、スキャナ下部から光を当てて影を消すことなどで対応。いざ製品化にこぎつけてひと安心……と思いきや、販売後に次の大きな壁にぶつかった。

「お客さまが怒っている」

それは、BakeryScanの販売を始めて1年ほど経ったあるときだった。導入した店舗から「お客さまが怒ってしまった」とクレームを受けたのだ。
「何回かに1回、2つのパンがくっついて認識されてしまうことがあって……。そのときはお店で再撮影して対応してもらっていたが、お客さんからすれば、そのパンは自分が口にするもの。スキャナで読み取れないからといって店員さんに何度も触られたら、いい気分はしないはず。『俺が食べるパンどんだけ触るんや』と」(原さん)
とはいえ、お客さんは機械のために、わざわざパンを3センチずつ離して並べてくれたりはしない。「いくら研究を重ねてパン1つ1つの認識精度を高めても、何回に1回かは2つのパンがくっついて認識されてしまうのを避けられなかった」。
技術者たちは、いかに精度を高めて100%に近付けるかを考えていた。「しかしあるとき、うちの社長が開き直ったんです」と原さんは振り返る。「間違えたらお店の人がデータを修正すればいいじゃないか、と」。
人がデータを直す。つまり、スキャナに載せたパンを動かして再撮影するのではなく、誤認識してしまったパンのデータを、店員がPOS端末のタッチパネル上で切り離せばいいということだ。「今どきの若い店員さんはスマートフォンのタッチ操作にも慣れているし、それでいいじゃないかと」。逆転の発想だった。
それを受け、技術者たちはすぐにプロトタイプを開発。これらの仕組みを店舗に展開するため「自社で2カ月ほどでPOSレジ本体も作ってしまった」。技術者集団の意地だった。

「怪しい」と言われて数年……口コミで100店舗に

自信作を引っ提げて、各地のパン店に営業に回った。しかし反応はいまいちだった。「面白いとは言ってもらえるが『(システムの)値段も高いし大丈夫?』と。そして、いざ買うかどうかの段階になると『面白い』だった反応が『本当に大丈夫?』に変わってしまう」(原さん)
それでもあきらめず、製品の洗練を重ねた。すると2016年ごろからぽつりぽつりと「導入したい」という声が増えていったという。「初期に導入してくれた“チャレンジャー”なお店が評判を呼び、口コミで広がり始めた。導入したお店の様子を他のお店の人が見て、また導入してくれる――というサイクルが回ってきた」。
今では関西圏を中心に、全国約100店舗に約180台が導入されている。その中には個人経営らしい小規模店も目立つ。ベテランスタッフが在籍している店にも売れるのか――と問うと、原さんは「そういうお店には売れません」とあっさり言う。
「“10年選手”のベテラン店員さんで間に合っているお店には売れません。人手が足りなくて困っている店舗のニーズに合致したのがよかったのかなと。数十種類のパンの値段を覚えるのは、とても大変。新人に教えるためにベテランの手間もかかるし、アルバイトの学生に商品一覧表を渡して『家で覚えてきてね』と言ったら、次から来なくなってしまったり……。そういう教育の難しさを解消できたのが、よかったのかなと思う」
それだけでなく、開発時に予期していなかったメリットも生まれているという。
「パン屋さんでレジに行列ができていると、レジのスタッフはすごくストレスを感じるらしいんです。たとえベテランスタッフが素早く行列をさばいていても、どうしても無意識に顔がこわばってしまう。機械が精算を代行することで人に余裕が生まれ、お客さんと目を合わせて接客できるようになったのがよかったと、お店の人にも言ってもらえている」

次の導入先は……まさかの「神社」

この技術の応用範囲はパンだけにとどまらない。ブレインはBakeryScan開発で培ったノウハウをもとに「AI-Scan」(エーアイ・スキャン)と呼ぶ基幹技術を確立し、他分野にも広げる取り組みを行っている。
例えば最近導入が決まったのは「神社のお札売り場」。意外な場所にも感じられるが、商品にバーコードやRFIDを貼り付けられない、売り手の入れ替わりが比較的多い――という点は、パン店と共通だ。すでに都内の神社で導入しているところもあるという。
さらに同社は、画像認識での精算に加え、支払いや釣銭の受け渡しを無人で行える端末も開発・提供している。このままいくと、日本中のレジから販売スタッフが1人もいなくなる日も来るのではないか――。しかし、その可能性は低いと原さんはみる。
「手放しで人の仕事がいらなくなるとは言いたくないし、そもそも、できないと思う。画像認識は宿命的に、バーコードやRFIDほどの精度は出ない。1%の読み取りミスによって大きな損害が生まれてしまう可能性もあるし、分野によっては人がけがをする可能性もある。そんなものは実用化できないじゃないですか。足らない部分がコンマ数%でもある限り、人が介在しないとダメだと思う」
近年、完全自動運転車や“無人コンビニ”など、人の仕事をAIによってほぼ100%代替しようとする取り組みに注目が集まっている。だが少なくとも画像認識の分野では「しばらく100%の認識精度は難しいんじゃないかと思う。人間介在型でいいじゃないか、というのがわれわれの考え」という。
原さんはむしろ、高度な機械との共存によって、人がいま以上に活躍できる未来もあるのではないかと考えている。
「例えば、お店にスタッフが足りなければ、どこか他の地域に住んでいる人がインターネット越しにカウンターに立ち、機械の足りない部分を補いながらお客さんと目を合わせて受け答えしたり……。そんな時代も来るかもしれない」(原さん)